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プロジェクト始動

2016年7月11日

2016年7月1日金曜日。いよいよYAGI PROJECTが始動した。26歳という年齢が早かったのか、遅かったのか。率直な気持ちとしては遅かったと思っている。しかし、この試行錯誤をして覚悟を決めるまでの期間というのは決して無駄ではなかった。多くの人に出会い、たくさんのことを学び、そして自分の弱さを知った。ただ一つ言えることはやらずに後悔するのだけはダメだ。私は幼い頃から何も変わっていないのだと実感した。今見えているものは物事のごく一部で、私は見えない何かをずっと追い求めている。そこを探求することに意味があると思っている。そして見えていなかった何かを見つけた時に人は成長する。私は幼い頃からそう考えていた。

2016年4月某日。旭化成陸上部の合宿中に宗猛総監督から電話があった。「話がしたい」と。猛さんとの出会いは大学1年の時。北海道のレースに遠征中、朝練習で走っていると向かい側から歩いてくる一人の男性がいた。その男性が宗猛さんだ。近づいて挨拶をしてすれ違ったのだが、その時に何か直感で感じるものがあった「俺たぶん旭化成に行くことになるな」と。このエピソードは後に猛さんが勧誘に来てくださった時に話をしていた。同じことを思ってくださったらしい。「あいつは旭化成に来る」と。そんな経緯もあり、猛さんは4月に私が何を考えているかを何となく分かっていたみたいで、私の合宿部屋で話すことになった。あえてここでは話の詳細は伏せさせてもらうが、そこで私は部と会社を辞めることを猛さんに伝えた。猛さんは辞める事を引き留めてくださった。その思いがただただありがたかった。

旭化成は非常に良い会社だということをこの4年間で感じている。職場の方は皆応援してくれて、会社として陸上部や柔道部を応援している。陸上部も宗猛総監督の元、西監督、川嶋コーチがチームの指揮を執っており、選手も実業団の中でもトップレベルだろう。そんな環境で競技を行えたことは良い経験になったし、感謝の気持ちでいっぱいだ。だからこそ4月に宗猛総監督に辞めることを伝え、5月に西監督始めコーチ陣にも伝えた後から、プロジェクトを始めるための準備を行った。私の中で、お世話になった人に筋を通してからでないと次の行動を起こすことはあってはならないと思っている。

私が会社を辞めることを人に伝えた時、100人いたら99人は辞める事をとめた。「競技人生はあと何年かしかないのだから、残りの人生の何十年も含めて人生をトータルで考えた方が良い。」こういったニュアンスの話が多かった。しかし私の中で、そもそも「人生をトータルで考える」ということに全く魅力を感じない。そもそもその発想がないのかもしれない。今という一瞬に全てを懸ける。その積み重ねにより気がついたら未来の自分がいるわけで、私はそこに生きている意味を感じている。だからこの残りの競技人生に全てを懸ける必要があると感じた。

私は中学生から陸上競技の長距離を始めたが、その時から一貫して変わっていないことがある。それは「自分の信念・正しいと思った事でしか行動しない」ことだ。自分の信念を曲げてやることが出来ない。これは良い面もあれば悪い面もあるだろう。今回の決断は、人生を懸けて
自分の信念を貫き、幼い頃の夢、そして目標であったオリンピックの金メダル。これを実現するためのものだ。この目標を達成することは並大抵のことではない。世界のトップレベルの選手と互角に渡り合うには今のままではダメだと強い危機感を持っている。だからこそ覚悟を決めて、この道を極めるために新たな一歩を踏み出す決心をした。